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横浜地方裁判所 平成5年(わ)638号 判決

主文

被告人を懲役一年六月に処する。

未決勾留日数中三〇日を右刑に算入する。

理由

(本件犯行に至るまでの経緯)

被告人は、昭和四四年三月東京電気大学を卒業し、同年四月から○○電気産業株式会社に入社し、同年一〇月から神奈川県藤沢市辻堂にある同株式会社技術部開発課に所属し、電気製品の開発、設計の仕事に従事した後、同会社内のテレビ本部映像技術研究所藤沢分室に籍を置き、コンピューター、ディスプレーの開発、設計の仕事をしていた。ところが、平成元年八月ころから、上司との仲が気まずくなり、仕事の面でも嫌気をさしていたところ、平成二年四月、甲野春子(昭和四四年五月三〇日生)が同社に新入社員として配属となり、同月下旬ころから同女に実務指導をするうちに、同女に対し好意を抱くようになり、月一回位の割合で二人で外食したり、コンピューターショーを観るなどして日を過ごすうちに、同年一〇月同女に対し好意をもっていることを打ち明けた。しかし、その後同女は被告人に対し急によそよそしい態度をとるようになり、会社内で会っても被告人を避ける態度をとったため、被告人は、腹立たしい気持ちになり、同女に対し、仕返しをしてやろうという気持ちを抱くようになった。同年一二月末には、パソコンで「オマンコが大好きな甲野春子」などと入力したうえ、同女の自宅の電話番号をも入力し、これを印字し、更には社内報に載った同女の顔写真や通信販売で買った雑誌から切り取った女性の陰部の写真を組み合わせたものを一枚の紙にコピーしたものを作成するなどした。

(罪となるべき事実)

被告人は

第一  別表第一記載のとおり、平成四年六月三〇日午後九時三三分ころから同日午後九時五七分ころまでの間前後五回にわたり、神奈川県藤沢市辻堂元町六丁目四番三号先路上ほか四か所において、いずれもその場に設置されていたガードレール等に、前記甲野春子(当時二三歳)が淫乱な女性である旨の文章を掲載したビラ五枚を掲示し、これを不特定かつ多数人が閲覧し得る状態に置き

第二  別表第二記載のとおり、同年一〇月五日午後九時三六分ころ及び同日午後九時四五分ころの前後二回にわたり、同市辻堂元町六丁目四番二号先路上ほか一か所において、いずれもその場に設置されていた電柱等に、前同様のビラ二枚を掲示し、これを不特定かつ多数人が閲覧し得る状態に置き

第三  別表第三記載のとおり、同年一〇月一五日午後九時五〇分ころ及び同日午後一〇時二〇分ころの前後二回にわたり、同市辻堂元町六丁目四番三号先路上ほか一か所において、いずれもその場に設置されていたガードレール等に、前同様のビラ二枚を掲示し、これを不特定かつ多数人が閲覧し得る状態に置き

第四  別表第四記載のとおり、同五年一月一日午後五時四六分ころから同日午後六時一〇分ころまでの間、前後八回にわたり、同県座間市栗原中央三丁目二番三号先路上ほか七か所において、いずれもその場に設置されていた住民表示街区案内板等に、男女が性交している等のわいせつな写真及び前記甲野の顔写真並びに同女が不特定の男性と性交を重ねている淫乱な女性である旨の文書等を掲載したビラ八枚を掲示し、これを不特定かつ多数人が閲覧し得る状態に置き

第五  別表第五記載のとおり、同五年二月一日午後一時三〇分ころから同日午後九時三〇分ころまでの間、前後七回にわたり、同県平塚市浅間町一番地の六所在の平塚八幡宮ほか六か所において、男女が性交している等のわいせつな写真及び前記甲野春子の顔写真並びに同女が不特定の男性と性交を重ねている淫乱な女性である旨の文章を掲載した絵馬ようのもの四枚及びビラ六枚を掲示し、これを不特定かつ多数人が閲覧し得る状態に置き

第六  別表第六記載のとおり、同年二月一九日午後九時ころ及び同日午後九時四〇分ころの前後二回にわたり、同県大和市下鶴間二、五四〇番地所在の諏訪神社ほか一か所において、いずれもその場に設置されていた絵馬掛けに掛けてあった絵馬等に、前同様のビラ六枚を掲示し、これを不特定かつ多数人が閲覧し得る状態に置き

もって、公然事実を摘示して右甲野の名誉を毀損したものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(法令の適用)

被告人の判示各所為はいずれも刑法二三〇条一項に該当するところ、所定刑中いずれも懲役刑を選択し、以上は同法四五条前段の併合罪なので、同法四七条本文、一〇条により犯情最も重い判示第四の罪の刑に法定の加重をし、その所定刑期範囲内で被告人を懲役一年六月に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中三〇日を右刑に算入することとする。

(量刑の理由)

本件は、被告人が職場の上司等との関係がうまくゆかず、うさを晴らしたいという気持ちを持っていたうえ、好意を抱いていた被害女性から冷たくあしらわれたことから、その仕返しをしようと考え、長期間にわたってわいせつなビラを道路脇のガードレールやバス停留所の柱に貼りつけたり、更にはわいせつな絵馬のようなものを神社の絵馬掛けに掛けるなどして不特定、多数人が閲覧し得る状況に置いて被害者の名誉を著しく傷つけたもので、被害者が二三歳の未婚の女性であること、被害者に何ら落ち度が認められないことなどを考えると、被告人の本件犯行は悪質で、被害者に与えた精神的苦痛は甚大であり、被告人の刑責は重大であると言わざるを得ない。被害者及びその両親は被告人の本件行為により電話番号を変えることを余儀なくされ、更にはガードレールに貼られた本件のわいせつ文書などを剥がすため早朝、夜間と出歩き、精神的にも疲れ、家庭内でそのことから口論が絶えず平和な家庭も崩壊寸前に至ったものである。本件犯行が長期間にわたり極めて多数回に及んだこと、被告人の本件行為により被害者が職場を辞めざるを得なくなった後も被告人は同女の家の近辺で同様の行為を繰り返すという執拗かつ残忍な行為を行っていることなども考えると、被告人がいままで前科前歴がないこと、本件行為により懲戒免職になったことなど被告人に対して酌むべき事情を考慮しても主文刑期の実刑はやむを得ないと判断した。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官畠山芳治)

別表〈省略〉

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